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case report

こんにちは。院長の小濱です。

 

今回は食滞(消化管機能低下)を呈していたウサギの不妊手術の症例をご紹介します。

症例は今年7歳になるホーランドロップイヤーのココアちゃん。

 

消化管機能低下も不妊手術も決して珍しいものではないのですが、ココアちゃんの場合はかなり重度な停滞を示していました。
また、摘出した子宮も大変珍しい所見でしたので、飼主様の了承を得てご紹介することにしました。

初診時は食欲のムラと便の不整、鼻炎症状でした。
腹部の触診で広範囲に硬い不整な塊が触れました。

 

写真の一番上が初診時のレントゲン写真です。

胃は食滞で大きく膨らんでいます(黄線 通常は最後肋骨くらいまでです)。
小腸には若干のガスの貯留も認めます。

超音波検査では消化管内容物によりほとんど詳細が確認できませんでしたが、どうやら子宮にも腫瘤病変があるようでした。
飼主様の希望もあり状態改善後に不妊手術も検討することとなりました。


消化管機能低下はいわゆる「毛球症」「食滞」「盲腸便秘」といった症状の総称です。
それぞれ病態は異なりますが多くは消化管とは別の原因があり、そのために消化管の運動機能が低下した結果生じたものと考えられています。

 

ですから換毛時期に自分の毛をたくさん飲み込んだために「毛球症」が起きるというのは少々誤解があります。
そもそも自力で排泄できないほど消化管の機能が弱っているために起きることがほとんどです。
もちろん絨毯などの化学繊維や膨張しやすいペットシーツの吸収剤が食滞を引き起こすこともあるため、こういったものの誤食には十分注意が必要です。

消化管の機能が低下する原因は多岐にわたります。
ストレス(気温差の激しい時期、高温多湿、移動や環境の変化、病的ストレス…)、不正咬合、繊維質の少ない食事内容、肥満などなど。

特にペレットやおやつの多給による食物繊維摂取量の減少は、不正咬合や消化管機能低下のもっとも重要な原因と考えられています。

 

もともと草食動物であるウサギは食事に対して様々なバリエーションは必要ありません。
一見栄養価のなさそうな牧草もお腹の中の微生物たちが一生懸命栄養を作り出し、出来上がった栄養満点の盲腸便をもう一度食べることによって余すことなく利用するのです。

そのために体の大半を消化管が占めているのです。
その消化管運動の原動力がまさに食物繊維なのです。

 

すでに様々な栄養が付加された食事はかえって消化管内の微生物がさぼってしまい、繊維の少ない食事は消化管がそれほど動かなくても消化できてしまいます。

結果として少々のストレスでも簡単に消化管が動きを止めてしまい、「ストレスに弱い」ウサギを作り出してしまいます。

 

一方で年々ウサギの平均寿命が延びていることも確かです。
このことは飼育者の意識レベルや飼育環境、食事の品質レベル、獣医療水準の向上などが要因だと思います。
良い環境と栄養状態の改善が長寿を作り出しているかもしれませんが、草食動物としての基本を押さえておかないと、それは綱渡りの長寿になるかもしれません。

さて、問題のココアちゃんですが各検査では消化管機能低下の明確な原因は特定できませんでした。
得られた所見からはわずかな腹水貯留と子宮病変の存在が疑われました。
まずは作用点の異なる消化管機能改善薬を併用しつつ、軟化剤・潤滑剤もしてもらうことにしました。

 

2段目のレントゲン写真が投与開始2週間。
胃の体積はやや減少したものの、盲腸(矢印)にゴツゴツとした便塊とガス貯留をまだ認めます。
盲腸に押されてお腹の幅もやや拡張気味です。

 

3段目は投薬開始から3週間。
消化管全体に内容物が充満はしていますが、ガス像はほとんど消失しました。
全体的なシルエットも少しスマートになった印象です。
このころには食欲も改善して便も大きくなってきました。

翌週にはほぼ消化管の硬さもほぐれてきたため、不妊手術に向け血液検査も実施して全身状態の最終チェックを行いました。

いよいよ手術となりましたが、ウサギの全身麻酔では正常でも術後に消化管運動の低下が起きやすいため、術前からしっかりと消化管機能改善薬を投与します。

ウサギの場合絶食は行わず、通常通り食事を摂ってきてもらうことで消化管の動きを維持しておきます。

またウサギの胸腔は小さいので、ココアちゃんのようにお腹が張っている子は麻酔中仰向けにするとさらに肺が圧迫されてしまいます。
手術台を傾けて頭を高くすることで胸腔の圧迫を軽減する対策も行います。

お腹を開けるとやはり腹水を認めました。
正常でも多少は認めますが、ココアちゃんの場合はかなり多いほうです(念のため性状や細胞を確認しましたが単なる漏出液で異常細胞などはありませんでした)。

 

かなり改善したとはいえ、正常よりもうっ滞した盲腸は予想以上に手術操作を妨げました。

その盲腸を避けていくと子宮の一部(子宮角)を確認できました(写真の左上に伸びる組織)。
一見正常に見えたのですが、辿っていくと膣の部分に透明な袋がへばりついています(写真の中央)。

念のため中身を穿刺して確認すると尿でした。
どうやら膀胱が膣に癒着しているようです。
現時点で排尿に異常はなく、剥離による膀胱損傷のリスクが高いためここは温存としました。

 

さらにもう一方の子宮角を探したのですがどうにも見つかりません。
代わりに出てきたのは細い血管につながった丸い袋状の構造体(写真の左下)。

すぐに頭に浮かんだのは子宮角欠損。
しかし、この丸い構造体は子宮の一部なのか卵巣なのか全く別物なのか、取っていいのか悪いのか…。


よく見るとこの構造体からはまた細いひも状の組織がお腹の中につながっていました。
ちぎれないように辿っていくと右奥の腹壁に卵巣らしき組織がへばりついているのが確認できました。

 

なんとか卵巣らしきものを剥離し、常法通り全摘出を行った子宮卵巣の全容が次の写真です。

 

こう見ると「こういう構造だったか」と納得しますが、術中は軽いパニックになりそうでした(苦笑)

 

通常は1本の膣から左右に2本の子宮角が存在し、その先やや離れて卵巣が位置します。
犬や猫ではまれに片側の子宮角欠損が報告されています。
多くは卵巣・子宮角とも欠損し同側の腎臓も欠損していることがあるようです。
ウサギでの報告は恥ずかしながらわかりません。
少なくとも僕は経験していません。

 

今回の症例は病理検査に出していないため正確にはわかりませんが、厳密には子宮角欠損ではないかもしれません。
右子宮角が著しく未発達であっただけかもしれませんし、後天的か先天的かも不明です。

 

また、今回の異常な消化管機能低下との関連も証明できませんでした。
しかし、左子宮角には小さな血種も認められることから結果的には手術してよかったのだと思います。

 

 


手術時間は通常の倍近くかかってしまい、その後の回復が心配されましたが驚くほど覚醒もスムーズで食欲や消化管にもほとんど影響は出ませんでした。

ココアちゃんの体力に助けられました。

現在術後3週間経過しますが消化管の状態も良好に推移しています。

徐々に内服からの離脱を試みているところで、そろそろ終了予定です(本人はお薬が大好物になってしまったようですが(笑))。

 

最初のほうで書いたように消化管機能低下は基礎疾患や他の要因に続発して起こることがほとんどです。

ココアちゃんは確かに子宮に異常はありましたが、消化管との関連が不明な点は何ともすっきりしない部分ではあります(全く関係ないかもしれません)。

僕自身はとにかく良い勉強と経験になったのですが、今後のココアちゃんは食事内容や環境面に留意し再発に十分注意していただこうと思います。